漠然と撮る写真

周辺を適度にボカしたいのに、

 ウチにはまともに動く一眼レフカメラが手元にいなくなって久しい。

  と言うとかなりの語弊があって、



正しくは「カビの生えていない、金になりそうなレンズはぜんぶ金にした」
 加えて「しばらく放置したらモールドがネバついてカメラ本体がいかれた」
とどめに「デジタル全盛の時代に突入したので銀塩写真を続ける気力が失せた、金もない」
 欲を言えば「もうマニュアルフォーカスする元気なんかない」
  なのである。



いま手元にあるのは、ムス子が生まれたのと同時期に買ってきたコンパクトカメラだけである。
 気になる被写体がいても、ソレに注目させる撮り方を、となると難しい。相手が水の上だと尚。
  いや、眼とウデの問題なんだろうけど



いまデジタル一眼は家族の生活には必要とされていないので買う由もない。
 ウチの可愛いちょこまかした被写体は至近距離でニコニコ撮るだけで充分なのだ。
ポーズといえば直立不動でピース、しかまだ知らないのだ。
 それはそれで明日から幼稚園さんなので、そのうち運動会でもやろうものなら、とも思わない。
  いや、たぶんモノを持ってたらムズラッと疼くんだろうけど、
 それでも十数人の父親に混ざって超望遠、な自分は想像つかないなあ。
  28mmぐらいのを持って並走しながらとかになりそうだ。



で、正直、何を撮りたかったのか後になって自分でも思い出せないぐらい構図が定まらない。
 きっと、あれもこれも全部入れたかったんだろう。
そのくせ近所の公園なんかだと入れたくない物が何かあって無理にひねくってよけてしまうと、こうなる。
 あのーたぶん赤シャツの子が主役です。彼らは亀を捕獲しようと躍起でした。

Photoshopで写真をこねくり回して得意になっている時は
 写真学校を出ています、と言うと周囲が納得します。
気の利いたハイライトを入れたり、得心のゆく影の作り込みなどをして見せる時です。

写真を撮る時は、写真学校を出ています、はひた隠します。みっともないからです。ただの資格みたいなもんです。
 基本を卒業してから、基本のなってない写真家になるまでの期間は2年もありませんでした。
アタマで基本を意識してるうちはまだまだだ、とか思ってたせいではあるんですが、
 何の事はない、審美眼とか思いやりとか被写体への愛情とか、正直さとか、騙し通す強さとか、
  写真にはそういうのが出ます。(ギターとかにも出ます)
 そういうキレイな人格を持ち合わせていないから、よっぽど意識してないと写真が良くならない、
ただそれだけの話ですなあ。

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